昔々、私は台湾に旅行した事がありました。

 昔々、私は台湾に旅行した事がありました。小学生だったのでまだ戒厳令がしかれていたはずですが憶えていません。食べ物が美味しい楽しいところでした。一番憶えているのは、海賊版中国語「ドラえもん」(藤子不二夫の他のマンガを無理やりドラえもんにしたり、性的な描写のあるシーンが消してあったりした)がたくさん売ってたこと、いくつか買ってて持ってるはずです。故宮博物院のヒスイでできた大きな白菜にバッタがついた彫刻も憶えています、何でもその時の記憶ではこの彫刻を作った職人は皇帝になぜこんな余計なバッタがついているのかと問われて、陛下の統治にもこういう余計なものがついていると答えたとのこと。もう一つは、日本語の堪能なベテランのガイドさんに連れられて団体で山地に住む少数民族の居住地のショー(というべきか)を観光したこと、その時ガイドの方が客に対して彼らはぼったくりをするから私が合図したら集まってすぐについてきてくださいといったこと。その通りに事が進んだ時のの気持ちですね。あの居心地の悪さは。

 ところで、その後大人になってから私は候考賢(ホウ・シャオシェン)の「童年往時」を見てひどく懐かしくてないてしまったのだけど、あの日本の南西諸島によくにた風景が懐かしかっただし、外省人として故郷から「永久に」離されている喪失感が好きだったのかもしれません。ともあれ、台湾に対する私の感情はひどくあいまいです、例の靖国問題少数民族が絡んできた*1のをみて、有名な「霧社事件」について調べてみたのですがこのなぞの多い事件で一つ確かのは、彼らが蜂起して殺したのは日本人であり、漢民族(後の本省人)ではなかったことです*2私はある種、台湾を鏡のように見ており、そこに自分を投影していたわけですが、歴史を探ればはっきりと一線が引かれることに気づいたわけで。それで、何か変わったかといわれればわからないけど、やはり台湾は白菜についたバッタのように気になり続けているということです(カミュにとってのアルジェリア人と候考賢にとっての本省人を比べると少し面白いかな)。