否認(改稿)

 ブクオフで買おうどうかどうか迷っていた「正義と解釈」を買いに行くとあっさり売れていた、仕方ないのでぶらぶら他の本を探していたら、デーヴ・グロスマン「戦争における「人殺し」の心理学」があったのでそれを購入。この本は戦争のこれまでの歴史において人を殺す事の心理的困難のために多くの兵士が実際には戦っていなかった事を指摘し。どのような条件で人を殺す事ができるか(責任の分散と被害者と実行者のさまざまな意味での距離を伸ばす事ががその中核であるわけですが)、そして殺人の代償として代償として人の心に何が起こるか記しています、もっとも重大になるのは第2次大戦からベトナム戦争にかけていかに人に殺人をさせる技術が発展していたかでしょう。私は実はまだこの本はつまみ読みしただけど、内容の事はかなり知っていたし、読み始めてもかなり興味深いものであることは確かですし、人間というものの厄介さを知らされる事例に溢れています。基本的に誠実な本だと思います。

 ただ読んでみて、驚いたことがあります。著者は戦場体験はないものの米軍に20年所属していました。彼は捕虜を殺す事の愚かさを力説し、「残虐行為の罠」(残虐行為を制度化した組織は必ずそれゆえにあらゆるレベルで崩壊する)を説き、人間が暴力を行う事を直視しない態度、「暴力の否認」を最も深いレベルでの問題の元凶だと批判します。にもかかわらずベトナム戦争における飛躍的な発砲率の上昇(25%から95%)とそれを可能にした(心理学的に有効な)訓練がベトナム症候群の最大の原因ではないかということはあまり検討せず(著者はベトナム戦争に召集され現地に送られた米兵の大半がやはり人を殺していないと認めている)、帰還兵への社会の対応の方をむしろ厳しく批判する。そして、このような「訓練」の導入が残虐行為の制度化の最新の気づかれにくいバージョンではないかということを否認し続けているように思えることです。引用すると。

ベトナムのようなゲリラ戦*1を伴う環境化にあっても、他国の文化を受容する能力のおかげbで、アメリカの犯した残虐行為は比較的的少なかったのではないだろうか。同じ環境におかれてれば、たいていの国はもっとも数多くの残虐行為を犯していたのではないか。少なくとも、アメリカはたいていの植民地政府よりましだった。だがそれでもミライ村は起こった。そしてただ一回の事件によって、ベトナム戦争におけるアメリカの努力は深く、おそらくは致命的に蝕まれたのである。p272

 ちなみに、著者はソンミ事件の前提として訓練による条件付けをあげていますし、事件が明るみに出たのは戦争も終わり近くです。私は2年ほど前、衛星のPBS*2の番組でベトナム戦争が取り上げられ、退役した高級軍人のゲストの間でソンミ村の事件が特別の例だったか議論になり、一人が同じような報告を百件近く読んだと喋ったのを聞いて、それが印象に残っているだけにいささか暗然としてしまいます。終わり近くで展開される「アメリカの殺人」の現状に関する章とその主張*3がどうにも胡散臭いのはそのせいでしょうか。私には合衆国の現在の歪み(それは世界的な問題につながるのですが)はその社会の内部に起因する問題とそれがおかれた国際社会の構造の中での歴史上の(現在)の行動ゆえに起こったと考えエントリーでもそれをたびたび表明してきました。ベトナム戦争についても著者はナイーヴだどは思います、しかし、単にベトナムをこえてやはり決定的に自らの問題を否認してしまっているのではないかと思います。果たして、「人間のうちには自分自身の生命を危険に晒しても人を殺すことに抵抗する力がある」(p505)事を著者や合衆国の社会が本当に生かせるのかはどうしても疑問になるわけです。とはいえ、誰もが落ちる陥穽であるのは確かでしょうからやはり私たちもも自戒すべきなのでしょうが。それにこれからきちんと読まないといけないし。

 上述の主張の例証とともいえますが、基本的に「空爆」は「距離」を確保し大量殺人を可能にする便利な手段です。アフガニスタン空爆」とすら言われるように合衆国はベトナムの経験から、徹底して敵との「距離」をとる事を基本にしたわけです(可能なら他人にやらせるけど)、それは現在のイラク戦争にも露骨に現れています。しかし、私にはそれはより厄介な合衆国社会全体で起きている事の一部であリ、新しい困難を引き起こすように思えます(ごく具体的には州兵の問題などに現れているが、それが合衆国の社会構造に起因している事は明白です、ベトナムは皮肉に反復しています)そのことについてはいずれ。それにしても今の日本人がいくら戦争について知っていて語れても、どうも現実とは無限の距離があるようですそしてそれは幸せなことなのでしょう、それもそう長くもなさそうですが。12月8日のエントリーでした。

http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1172174836/E1640523659/
 Apemanさんのこの本についてのエントリーですぜひ参考にしてください。これ読んで知識を得てたんです忘れてました。内容の紹介やメディア主犯説の問題点などより詳しいのでぜひ。それと、グロスマンの根底にあるものについてはやっぱりレイコフが*4

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)

 何はともあれ読むべきでしょう、しかし、注も参考文献も索引もないのは。

ベトナム戦争―誤算と誤解の戦場 (中公新書)

ベトナム戦争―誤算と誤解の戦場 (中公新書)

 とりあえず、ベトナム戦争について、一応これくらい参考にしないとちょっと。

正義と解釈

正義と解釈

 これを買うはずだったんですが。

*1:ゲリラ戦、つまり人間以外のものとの戦いこそ実は近代戦の本質ではないかという問いもあるわけですが

*2:合衆国の公共放送、おもしろい

*3:基本的にはメディア主犯説

*4:http://d.hatena.ne.jp/NakanishiB/20050904