「サッチャー時代の英国」を読め

 なんともすさまじい選挙結果にうんざりしているのでまた政治ねたです。小泉の本質について*1・は飽きるほど書いたのでそれは今は書きません、排除された人々の後に多数派(それさえ疑問だが)の有権者は罰を受けるでしょう。左翼おとくいの内ゲバで今度は書きます。小選挙区の特性を遺憾なく発揮して自民党が実質以上に勝ったこの選挙ですが、新聞に堂々とそのことは書いてある、問題はそれが意味することが全く理解されていないこと。この本を読めばサッチャーの政治手法が小選挙区制の問題点を上手に利用して選挙に勝ち続けたが克明に記されています(そのためには戦争(フォークランドマルビナス紛争)による多大な人命の犠牲も辞さなかった)・*2。新聞やネット上の多くの意見と違い、小選挙区制ではこのような手法で勝ち続けるのは容易なのです。そしてそれは致命的な結果をもたらします*3、イギリスで政権選択が事実上不可能になりつつあること(イラク戦争を見ろ)がそれを示しています。93年の政治改革で小選挙区こそ政治改革と喚いた人、いまだに小選挙区制にしがみついている人々は大嘘か知性のなさを恥じるべきでしょう。イギリスには強固な議会政治と市民社会の伝統があったのにこういう事態が起こったのですから、ましてやそのような伝統のない日本でどのようなことが起こるかはこれからですら予測不能です。彼らは歴史上の犯罪者だと私は思います。

 サッチャーと小泉の共通点は他に、内部粛清(それは同時に外部へのパフォーマンスでもある)を徹底した点があります、サッチャーは自らのネオリベ的信念にそぐわない保守党内の穏健派をウェットと呼び政策中枢からそして党内から排除しました。要するに「保守党をぶっ壊した」わけです。人頭税その他による支持の極端な下落により、さすがに300年の伝統もあってか内部反乱で一度はサッチャーを引きずりおろすことに成功したとはいえ、現在の保守党は再起不能状態です。自民党の勝利で党内の多様性が増したというような浅薄な意見には付き合いきれません。最後にロンドン市の解体(これも選挙のためにやった)や人頭税の導入のような党内にさえ強固な反対があった反民主主義的政策を実行できたのは英国には成文憲法がなく首相の強大な権限を抑えることができなかったためだということもあります。この本が予測し損ねた最大のことはサッチャー政治からの復元力がもはやイギリスにはなかったということです(今のところと付け加えて起きましょう)。ですから、ましてや日本には、この本に書いてある以上にすさまじい結果が待っていることは覚悟した方がいいでしょう。

 政治戦略上のこれからの方針としては最初から死んでいた「民主党」を解体し、小選挙区制の廃止は必須になるでしょう。

 なお、この文章はモラル・リベラル*4の立場から書かれていますからサッチャーの信念には当然反対です。

 私にとってこの本は高校時代に読んだ本で最も記憶に残っているもののひとつです、私自身は信念の政治家という意味でもサッチャーの宿敵だった、労働党左派のトニー・ベン(ポール・ウェラーがやっていた「スタイル・カウンシル」のジャケットに彼の言葉が載っているとずっと後で知った)が好きになって日本にもこんな人がいればと思ったけど、小泉がサッチャーでは決してないようにそういう人はいまだにいません。イギリスの自由民主党をむしろ支持していた森嶋通夫は、イラク戦争に反対した唯一の大政党(であるが小選挙区制のためにあまり議席が取れない)が自由民主党だったという皮肉な結果をどのように思ったのでしょうか、まして今度の結果を。亡くなられたのが残念でもありますが…。


(追記19日)

 実は森嶋通夫の(サッチャー失脚後の著書)「政治家の条件」を読みなおしたら、そこでは(異なったイデオロギーを持った)2大政党制を支持して、即座の小選挙区制移行と比例代表制も否定して時間をかけての小選挙区移行を主張しています、読んだのに忘れてましたとりあえずフォロー(とりあえず制度を変えればいいなどというふざけたことは書いてない)。しかし、日本もイギリスもまるで彼の予想と違った進路を進みました。彼も91年という書かれた時期の常識にいかに縛られていたか痛感しました(ましてや私においてや)。先に書いたとおりサッチャーによって本質的な変化を英国が受けたことが(この時点では)よく見えていなかったのでしょう(例えばこの本で森嶋氏が嘆いた警官の強権的な変化は戻ることはなかった、ロンドンで先頃あったように。小説家のイアン・マキューアンは90年代にサッチャー時代の変化の決定的な深さを甘く見ていたことを率直に告白しました、同種の認識は私が知る限り複数ありますが)。皮肉なことに並列制を取ったときの予想はぴたりと当たっていました。とりあえず。

政治家の条件―イギリス、EC、日本 (岩波新書)
やはりイギリスへの期待は強い。自伝を読んだ方がその理由は見えてくるような。ともあれ日本に関して外さなかった人がいるとは思えない。


血にコクリコの花咲けば―ある人生の記録

血にコクリコの花咲けば―ある人生の記録

 自伝第一部、第三部まであります。

なぜ日本は行き詰ったか

なぜ日本は行き詰ったか

 おそらく最後の著書

日本にできることは何か―東アジア共同体を提案する
 最後の単著?

時間のなかの子供
 マキューアンの「反サッチャー」(だけではない、もちろん)小説

贖罪

贖罪

 マキューアンの代表作、ブッカー賞の「アムステルダム」はちょっと…というわけでこれ。

*1:「social」か「politics」をクリックしてください、あるいはとりあえずhttp://d.hatena.ne.jp/NakanishiB/20050811

*2:もちろん首相に解散権があるのが前提

*3:UNDPの先進国人間貧困指数など参照、http://hdr.undp.org/reports/global/2005/

*4:9・4のエントリーを参照http://d.hatena.ne.jp/NakanishiB/20050904#1126302490